昭和5年に建てられた旧閑院宮邸は中世ヨーロッパの民家建築に多く見られるハーフ・ティンバースタイルを採用しています。竣工後、大きな改修点はなく、今なお当時の趣を伝える貴重な建築でもあります。お食事の際には、かつては晩餐会も開かれたダイニングルームとゆっくりとお食事をお楽しみいただける個室のご用意もございます。
まず、閑院宮家は江戸期に四宮家の一つとして創られ、明治以降に創られた多くの宮家とはちがった深い由緒を持っている。
しかし、戦後に皇籍を離れ、さらに昭和六十三年に七代の春仁氏が長逝され、後を継ぐ男子がなく家名は途絶えてしまった。
今となっては、この別邸により日本の宮家としては、最も由緒ある閑院宮家をしのぶしかないのである。
閑院宮載仁親王は、本邸を東京の永田町に構え(現・衆参議長公邸)、別邸を小田原の天神山に置いておられたが、夏の避暑用に箱根に別邸を新築する計画を立て、強羅の岩崎康弥氏所有の土地を譲り受けて工事を開始した。
これまで完成した時期と設計者については定かではなかったが、このたび閑院宮家旧蔵の貴重な資料を調べた結果、昭和五年六月二十日に完成し、設計は陸軍技師の柳井八の指導のもとに松村組が担当したことが明らかになった。陸軍技師が指導にあたったのは載仁親王が当時、陸軍元師であったからである。
以上述べたように、この”ハーフ・ティンバー”スタイルの洋館は由緒ある宮家でありし日の姿を伝える貴重な遺構として、又昭和初期の典型的な洋館として、この建物は大切であり、今後も末永く保存され、利用されることを願ってやまない。
東京大学教授 藤森 照信